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2005年11月29日 (火) | Edit |
鳥目なのです。故に夜はよく見えんのです。
ただ、それは暗い場所に置かれた物体が見えんだけなのです。
夜空を見上げてご覧なさい。瞳に何が映りますか。

大阪の空は白っぽい。昼間は嘘みたいに青いけど白っぽい。
夜も白っぽい。山側は暗く、海側はナトリウム球の橙色。
月が紅い。星が見えない。マンションの夜間灯がうるさい。

日本海の空は紫。月が海を照らして、雲が色を吸い込む。
紫とグレーと群青色の印象派。灯りがない方がよく映える。
波の音と風の音。底知れぬ奥行き感が喉の奥で身体を震わす。

実家の空は紺。深くて澄んだ紺。紺碧っていうのかな。
無数の星が強く鈍く、鮮やかにささやかに瞬く空の奥。
天と地が逆転したら、空の深くに潜っていけそうな紺。


…音楽と何の関係があるんだって?なさそうであるのですよ。
僕は主に音楽が降ってくるときはイメージが沸いたときです。
イメージ=画:旋律として網膜から脳内に受像する訳です。

いや、網膜に受像してから脳内で旋律へと変換されるのか。
詞を見て音楽が浮かぶことを考えたらそっちの方が妥当だな。
そのCMOS網膜センサが水晶体レンズと角膜フィルタを介すると。

CMOSの感度不良とレンズのフォーカス駆動不良とフィルタ不良。
目が悪いってのは実利に欠けるけれど脳内コンバータには合う。
つか、受像機がある程度補正しないと生活すら危ういんだし。

この風景を音楽にしたいと思うとき、得てして音楽にはならんのです。
音楽を作るために風景を求めても、得てして音楽は浮かばんのです。
強烈な印象と奇跡に近い偶然性という逸般的状況においてのみ浮かぶのです。

世の音楽というものはそういう状況から生まれ出るもんじゃなかろうか。
少なくとも、忙殺されることで音楽ができないのはエクスキューズなのか。
無論、出来ないのとせざるを得ないのは立場が違うのですけれど。


理論性が全くない文章だな。いや単語の羅列に近いのかこの場合。
…忙しいので精神が崩壊しつつあります。朝方トイレで結石出たし。
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